福岡市城南区鳥飼の寺田歯科医院の院長のブログ

福岡市城南区鳥飼で、父の代から50年間開業している地域で最も古い歯科医院「寺田歯科医院」院長が、 日々の出来事や歯に関すること、トライアスロンのことなどを書いているブログです。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

糸島4山縦走

糸島半島の連山である二丈岳〜女岳〜浮嶽山〜十坊山を登ってきました。

朝5時半を家を出て地下鉄西新駅を目指して軽く走りながら行きます。
コンビニで飲食物を買い込んで6時発の電車に載りました。
筑前深江に着いたのが6時40分
ここから二丈岳を目指して登り始めます。途中走ったり、歩いたり・・・本格的な登山道になると歩かざるを得ない。
IMG_4804.jpg
海抜711mの二丈岳 比較的登りやすい山でした

IMG_4799.jpg
山頂から西を見ると唐津が見えます。火力発電所の煙突が見えますよね
IMG_4801.jpg
北東側には糸島半島の芥屋(一番左)とかが見えます

山を下って森林公園真名子木の香ランドキャンプ場を経て、次は女岳へ
道がわかりにくく、また登山道は蜘蛛の巣によくひっかかりました。
IMG_4807.jpg
登りでは一緒に行った◯◯教授を置いて先に行きましたが,下りは置いていかれました

IMG_4811.jpg
人が通ってないのか登山道でよく蜘蛛の巣が絡んできた

IMG_4813.jpg
女岳山頂 748m
 
女岳を下って、新谷峠を通過して浮獄山へ
IMG_4818.jpg
浮獄山 805m

山頂には浮獄神社の上宮がありました。
IMG_4819.jpg
参拝している◯◯教授

IMG_4820.jpg
こちらで昼ご飯 こんな大きな鳥居の石をどうやって持って上がったのか?昔の人は凄いな〜って思います。

浮獄山から白木峠を通って下山する時に道に迷いました。
登山道が分かりにくいからです。
参りました
次に登る十坊山は登り易い

IMG_4823.jpg
十坊山 535m

IMG_4826.jpg
◯◯教授は高い所に登るのが好きなので山頂の岩に登りましたが、私は登りません。危険です。

下りは福吉駅側に降りて14時過ぎに下山。
筑肥線に乗って再び西新へ
気持ちいい休日を過ごしました。

この後、久しぶりの中学の同窓会へ・・・・
スポンサーサイト

英彦山

英彦山へマラニックに行きました。

朝7時博多駅発の電車に乗り新飯塚〜田川後藤寺〜添田(篠栗線〜後藤寺線〜日田英彦線)まで行き。
添田駅からは7月の大水害の影響でJRが不通になっており代行運転で英彦山駅まで行きました。
終点の添田駅で降りる時に『nimoca』を出したら、現金のみで使えない・・・・お金はバックの奥深くに潜んでいてすぐに出て来ない。
IMG_4771.jpg
どうしていいやら・・・ワンマン車の運転手さん兼車掌さんが『今日中に往復するのであれば博多駅で清算して下さい』との事。

無賃下車で添田駅で降りて、トイレに駆け込む
二つあるトイレはどちらも和式だ!
IMG_4726.jpg
そしてその真ん中に恐ろしい事が書いてある。
IMG_4727.jpg
隣の売店とかいってもまだ開いてないし・・・・
でも置きペーパーがあり難を逃れました。

IMG_4730.jpg
依託でタクシー業者さんが代行運航しているジャンボタクシー

添田駅からの代行タクシーに乗り込むととんでもない表示が・・・・
IMG_4729.jpg
よく見えないかもしれませんが『両替えは出来ません』と書いてあります。
つまりおつりとかもない訳です。
一緒に行った人から小銭を借りて難を逃れました。料金は230円

IMG_4731.jpg
英彦山駅(彦山駅)の駅舎

到着は9時でこれからスタート
まずは英彦山駅より英彦山神社 銅の鳥居までを走ったり、歩いたり・・・約8km
IMG_4733.jpg
一緒に行ったドクターです

銅の鳥居より英彦山の石段は流石に走れず歩いて山頂を目指しました。
IMG_4734.jpg

IMG_4737.jpg

IMG_4739.jpg
英彦山は御存知 修験道の山です。宿坊が階段の左右にあります
IMG_4742.jpg

IMG_4741.jpg
現在は宿泊はやってないそうですが、庭も綺麗に手入れされています。

IMG_4743.jpg
西側の登山道は石段が続きます。
IMG_4748.jpg
頂上付近で見た、阿蘇山。一番奥がそれで『観音の寝姿』と言われています。
IMG_4749.jpg

IMG_4754.jpg
下りはこんな感じ、ちょっと苦手です

山頂より東側に降りて高住神社へ。
IMG_4759.jpg
高住神社より西の英彦山駅を目指して約14kmを走って戻りました。

午後2時半まえの駅前の風景
コンビニがない、食べる物が売ってない、あるのはジュースの自販機だけ
IMG_4760.jpg
一軒だけ営業をしていました。これじゃ観光客は集まらないでしょう。

IMG_4761.jpg
さびれた駅構内 線路も錆びてます

IMG_4764.jpg
帰りのバスは添田町の運営バス。料金は200円
なぜ行きと帰りで料金が違うの

IMG_4770.jpg
帰りの日田英彦線のワンマン車 なつかしいディーゼルです

IMG_4777.jpg
天井には扇風機が・・・夏はこれを廻すのか?

IMG_4778.jpg
帰りは整理券を取りました
IMG_4779.jpg
博多駅で清算して無事帰宅

ダイビング

院長は実は昔、ダイビングばかりやっておりました。
仕事(バイト)にもしておりました。

大学に入ってまもなく潜水士の免許を取りました。
アルバイトで作業ダイバーをやってました。

バブルの頃ダイビングが流行って、ダイビングショップの経営者から『インストラクターやってくれ』と頼まれてインストラクターの資格を取りました。

その後、海上自衛隊に入ってもダイビングは続けて、『潜水医官課程』にも行きました。
約2ヶ月間 潜水の学校に入って、午前は座学、午後は実習の潜水漬け。
後半は一日中実習ってのもありましたね。映画の『海猿1』みたいな感じです。
寺田潜水
若かりし頃の姿です
名称未設定 1
軟式潜水(ヘルメット潜水)全装備で約80キロの装着をして自力で海底へ行きます(落ちます) 海底でもがいた後は、上がる時は右肩にあるホースで引き上げてもらいます(もちろん自分でも空気を入れて浮上してます)
いじめみたいな訓練で、現在はもうないそうです。

そんな私が海上自衛隊を辞めて、開業した所
ダイビングをする機会が少なくなってしまいました。

理由は開業医は暇がない。
必要な器械を買えば金もなくなる・・・
近場の海は余り潜る環境でもない

そのうち、マラソンやトライアスロンに方向転換して今に至っております。
そんな私が福岡で初ボートダイビングを致しました

西区の唐泊漁港よりボートが出て約10分程度でポイントに着きます。
当日の透明度は4〜6mとか言われてました。
こんなに透明度が良いのは珍しいとか・・・(前日は透明度1〜2mとか!?)
fish.jpg
ダイビングショップ サンズさんのダイビング当日のブログより

ビーチから行くダイビングよりも楽なダイビングでした。
沖縄とかには負けるけど、こんなのもたまには良いです。
IMG_4702.jpg
ボートに乗って風を切るのは心地よい
IMG_4701.jpg
アソコらへんがポイント

2ダイビングやって、遅いランチを頂きました。
IMG_4709.jpg
宮浦のダイビングショップの前にある『da porto』のバジルパスタ 海を見ながらお茶も出来ます。営業は金、土、日、月の昼だそうだ。趣味でやっているみたい・・・

心地よい一日でした。


ホークス優勝万歳!

ホークスが優勝しましたね
良かった、良かった

優勝セールに行かねば
という訳で台風到来で雨脚が強い中、セールに行って来ました

途中の道は車は混雑していませんでしたが、店内は結構人がいました。
まったく台風の中を出歩いて、危機管理がなってない

あっ、それはワタシか・・・
クライマックスシリーズ、日本シリーズも勝ち抜いて下さいね。
お願いします

ラスコー展

九州国立博物館で開催されたラスコー展に行って来ました。
世界史の教科書に登場する『ラスコー遺跡』ってどんなんだろう?って思っていたのでどうにか行きたいと思っての最終ギリギリでした。


太宰府だし、どうやって行こうかと思って1人呟いたらカミサンから『自転車で行くんでしょ』と言われました。
どうやら百道にある福岡市博物館と勘違いされた様だ。
でも『そうか!バイクで行けばいいんだ』と悟った私はロードバイクで太宰府まで行きました。
片道25キロもなく、2万年前の世界からしてみれば、なんて事ない距離でした。
IMG_4629.jpg

さて、ラスコー展見応えあったかと言えば、さほどでもなかった(あくまでも私見です)
洞窟に描かれた動物画でしたね。
見せる物が足りないと思ったのでしょうか、その時代の石器やら動物の化石やらが展示されてました。
『ラスコー洞窟でクロマニヨン人が壁画を描いた時代展』だったんですね。
IMG_4631.jpg
壁画はもちろんレプリカです。

ただ、あの時代に描かれたってのは凄いと思います。
天井に描かれた壁画はどうやって書いたんだろう?
脚立があったのかな?
IMG_4632.jpg
「泳ぐシカ」だそうです。4頭いるのかと思ったら、1頭が泳いで川を渡る連続的な絵なんだそうです。2万年前にしては細かい


洞窟内はあの時代も暗かっただろうし、どうして明るい崖とかに書かなかったのか?
後世に残したいとでも思ったのか?そんな何千年の跡の事とか考えもつかないだろうし・・・
IMG_4634.jpg
え〜っと「黒い牛」

明かりを灯して書いたらしいが、あの当時ではそこまで明るくは出来なかったんじゃなかろうか?
あの時代の人達は目が良かったのかな?

IMG_4644.jpg
等身大のクロマニヨン人たちもいました

IMG_4642.jpg
壁画には描かれてませんでしたが、その時代の生き物って事で展示されていた『マンモスの下顎』
個人的にはこれに興味あり。こんな歯なんですね。
現在の像の歯と似ていますね。

FC2Ad

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。