福岡市城南区鳥飼の寺田歯科医院の院長のブログ

福岡市城南区鳥飼で、父の代から50年間開業している地域で最も古い歯科医院「寺田歯科医院」院長が、 日々の出来事や歯に関すること、トライアスロンのことなどを書いているブログです。

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今後も宜しくお願い致します

新年の挨拶をするべき所ですが、寺田歯科医院の先代の院長である寺田泰三が1月2日の18時46分に逝去致しましたので、欠礼させて頂きます。

父は90歳の高齢で診療には10年以上携わっておりませんでした。なので知らない方もいらしゃるかと思います。父は仕事一筋の人間で、9時から診療、昼飯は2時過ぎ(従業員には12時頃に交代で昼休憩をさせます)そして仕事が終わるのが20時過ぎ(看板では19時が終わりでした)その後技工(歯形作り)を自分でやっていたので深夜1時か2時、3時まで仕事をしておりました。(晩ご飯は21時過ぎ頃)
日曜日も午後から仕事(技工)をしておりました。

なので日曜日の午前中に油山に連れて行かれてバス終点の山のふもとのバス停(今の油山団地ぐらい)から市民の森まで行くのが毎週の事でした。
日曜日をまる一日どこかに連れて行ってもらうというのは希な事。
長い休みは正月とお盆休みの3〜4日間ぐらいでした。

正月には31日まで働いた父に連れられて夜行列車で大阪に行き、鳥羽の水族館や伊勢神宮などを廻ってから大阪発のフェリーで帰って来た事もありました。(車中一泊、ホテル一泊、船一泊)

短い休みでの数少ない旅行だったので40年以上も前の事ですがよく覚えています。
そして働き過ぎる父を見て嫌であった事も記憶にあります。

今年の元旦の夜は珍しく、両親と私の3人でおせち料理を頂く事になりました。
昨年末より体も弱り、食も細くなってきた父でしたが、この時はよく食べてました。
耳も遠く会話は余りしませんでしたが、昔の事なども少し語っておりました。
「これが最後の正月だろう、来年はないな。秋まで保つか?いや春か?」と私は父を見ながら考えておりました。

2日は私は歯科休日急患センターの当番医で、朝8時過ぎに家を出て帰宅したのが17時半過ぎでした。
この時父は家族に支えられながらトイレに行く所でした。

そしてトイレに入って用を足し終わった所で事切れました。
この日父は朝から調子が悪かったらしいのです。眠る様に息を引き取りました。
医師である兄が丁度来ていたので蘇生は試みたのですが、無理な状態でした。
老衰もあったのでしょう。大往生でした。

3日に通夜、葬儀までを4日(日曜日)に終わらせる事が出来ました。
そして5日(月)からは通常通りの診療を始めました。

急患センターの仕事が終わってから逝き、休み中に葬儀を終わらせた父は息子たちに仕事を休ませる事なく、患者さんに迷惑を掛ける事ない逝き方で、なんとも仕事一筋の父らしい最後でした。
これが息子である私のちょっと誇りでもあります。

父程に仕事一筋にはなれないかもしれませんが父を見習って頑張って行きたいと思います、これからも寺田歯科を宜しくお願い致します。
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